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碧い眼の、サムライ。

子ども達を連れて、箱根湯本の温泉へ日帰りで行ってきました。連休中で混んではいたのですが、外国人の姿も多く見かけました。そこで気付いたことが、ひとつあります。外国人の皆さん、みんなとても礼儀が正しく、優しいのです。温泉の脱衣所で子どもが「トイレ行きたい」と言い出したので「あ、あそこがトイレかな」と思って、脱衣所の隅にある扉を開けたら目の前が洗い場で、外国人の方がちょうど身体を洗っていたのです。「おっとっと!」と私は驚いてしまったのですが(笑)その外国人の方は「大丈夫ですよ。こんにちは」と優しく微笑んでくれました。また、外国人の皆さん、身体を洗う所作、温泉に入る所作をわきまえていて佇まいがみんな「美しい」のです。これには本当に驚きました。子どもを連れていたからかもしれませんが、行き交うほとんどの外国人の方は優しく挨拶をしてくれました。挨拶の仕方も何だか「日本」っぽいんです。「日本人は、礼儀が正しい」というイメージを持っているので、来日前にもしかしたら、ある程度日本の文化を勉強してきているのかもしれません。また、ただ「言葉」や「文化」を知識としてインプットするだけではなくて文化の奥にある「本質」というものを、彼らなりに理解しているのかもしれません。そうでないと、外国人があの「所作」を滲み出すことは難しいです。例えば、文字ひとつにしても「Hello」が何故「こんにちは」なのか。日本文化の一つである「書道」も、なぜ墨を使い筆で書くのか。それによって、日本人は何を学び、得てきたのか。これから何を与えていくのか。単に「日本文化=習字」で外国人の方に体験をさせても、それで終わってしまいます。文字指導の活動のひとつとして、外国人の皆さんとの関わりも大切にしていきたいと思っています。「誇りを取り戻す」ことがメインテーマではありますが「日本の誇り=Japanese Pride」を取り戻すことも、テーマとしていきます。

誇りを、取り戻すために。

会社で仕事をしていて、思ったことがあります。人間が生きるために必要なモノって、色々と思い浮かぶと思います。じゃ「前に進むため」に必要なモノって、何だろうかと。私は「自信」とか「誇り」「プライド」なのではないかと思います。自信を失ったとき、自分の仕事に誇りを持てなくなったとき。ヒトは、前に進むことを止めてしまいます。私も、散々この思いを幾度となく経験しました。プライドをズタズタに引き裂かれ、ボロ雑巾のような状態になったとしても心の中が「焼け野原」になっても、微かにでも自分に中で大切にしている「灯」がもしあれば、それが種火となって、やがて大きな炎となって照らしてくれます。私は、その「灯」を、文字を書くことを通じて、伝えていきたいと思います。ただ上手くなることを目指すのではなく、「今」を照らすための文字を書く。それが自信となり「今」を照らし、未来につながるのだと思います。明るい未来は、今が明るくないと、やってこないと思うから。私には「文字」がありました。焼け野原になっても、「文字」がありました。「文字、キレイですね」って言われたら、嬉しいじゃないですか。そういう小さな喜びを、みんなと分かち合っていきたいです。文字を愛して、文字を向き合っている多くの皆さんと、世界を照らしたいです。一人一人の心の中にある「誇り」を取り戻すために。

キレイな、手帳術。

書店の店頭に、4月始まりの手帳コーナーが見られるようになりました。ITOYAなどの文具店は、手帳に合う様々なペンが売られてました。改めてですが、スマホ全盛、デジタル全盛の世の中でも、手書きの手帳は未だに根強い人気があることを思い知らされました。手帳が無いと、生きて行けません。ってくらい、自分にとって手帳は無くてはならないモノになっています。タスクとスケジュールは、全て手帳で管理しています。しばらくは「能率手帳」シリーズでしたが、ここ2年は「ほぼ日手帳」です。大枠は会社で使用している「Googleカレンダー」で把握できますがやはりマイクロなタスクは手帳でないと把握や記憶が出来ないのです。手帳が無いと、今日1日何をすべきかが分からないくらいです。時には先回りで、前日に書き上げることもあるのですが1日の始まりは、手帳に今日1日の予定を書くことから始まります。今は「ほぼ日手帳」を使っているので、1日1ページのスタイル。会社に出社する前に、近くの喫茶店に入り、1日の予定やタスクをゆっくり出来るだけ丁寧に、手帳に書き込んでいきます。野球選手のイチローが、打席に入る前に必ず行うルーティンのように自分の場合、手帳への書き込みが欠かせないルーティンです。1日の予定を頭の中で組み立てながら、ゆっくりとタスクを書いていく。1日を始めるにあたり、やるべきことの整理をしながら、同時に「心の整理」を行うために、手帳を使っています。もう自分にとっての「性分」なのでしょうが文字をゆっくりと書くと、心を鎮めて気持ちを落ち着かせることができるのです。「座禅」に近い感覚かもしれません。やらなければいけないことが山積し、気持ちが焦っている時も、敢えて鎮めるために仕事に臨む前に、手帳にタスクをゆっくり書く時間を設けます。「ゆっくり」と何度も言ってますが、30分も1時間もかけてられません。長くても15分くらいでしょうか。それでも十分な「静」の時間を作ることはできます。手帳に毎日文字を書くことで、「文字力」というか「文字道」が鍛えられています。自分の「礎」でもある「手帳術」も、本ブログの重要テーマにするつもりです。

子どもの文字(幼児編)

自分の子どもの文字が汚い、と悩む親御さんが多いと聞きます。先に話したように、文字をキレイに書くと「徳」を積める機会が増えますし自身の幼年時代がそうだったように「自己肯定感」を得ることができます。子どもが文字に強烈なコンプレックスを持っていて、それを克服させたいのかはたまた「親の願い」なのか、「子ども自身の願い」なのか、何か具体的な目的が存在するのか。今後継続的に調べて行きたいと思います。今日は幼児にテーマを絞りたいのですがとかく幼児の時期は、脳の発達とも影響してくるので、まずは文字が書けることに専念しても良いくらいです。「結果」よりも「プロセス」ですね。「キレイに」と言うよりは「正しく」文字を書かせたい。私の言う「正しさ」は、整いや書き順などの「形式」ではないです。『とにかく読める文字かどうか』というレベル。「ン」と「ソ」と「リ」をきちんと書き分けできているか、という程度です。子ども本人が、文字のキレイ汚いに特にこだわりを持っていなければすぐに「キレイさ」を追い求める必要もないのでは・・と思います。幼稚園の年長~小学1年生は、色々なもの・コトに好奇心が芽生える時期。多かれ少なかれ、脳がガンガン使われている時期でもあります。文字を書く時も、早く先に進みたいので、前のめりに「書き殴り」です。思考が先走り、手が思った以上に進まない状態と言えるでしょう。うちの息子(長男)がまさにコレでして、サーーッと書いて「はい!終わり!」すごいな~と思うのは、とにかく書くスピードが速いのです。キレイな文字にする基本は「ゆっくり書くこと」ですが、早く書かねばならない局面は多くあると思います。一番分かりやすいのは「学校でのテスト・試験」でしょうか。時間制限があるため、悠長にゆっくり文字を書いている暇はありません。試験スタート時の名前記入から、既にスピードを意識です。中学に入ると、数学の証明問題の回答を書き上げる機会もあります。私も経験ありますが、ほどほど※のキレイさを担保しつつ、採点する先生が読める程度で超速で文字を書くことが、この局面では一番の打開策です。その「ほどほど」はどの程度か、これは『文字上達ソリューション』の中で伝えます。個人差が相当ありますので、1人1人に伝える「ほどほど」は常に変化しています。文字は思考スピードを表しています。せっかく頭の中で画期的な試験の回答(文章でも良いです)がひらめいたとしても「文字速度」がゆっくりだと、そのアイデアを途中で忘れてしまうかもしれません。幼児期においては、文字を「早く」「正確に」書けるようになりたいですね。

就活と履歴書。

2017年卒(現在大学3年生)の就活が今月から始まりました。うちの会社も、新卒向けの説明会を行っているので、学生の皆さんが頻繁に出入りをするようになってきました。きっと就活生が気になるのは「履歴書」の書き方ですよね。『履歴書の文字がきれいな人は、就活に有利なのでしょうか?』素直に答えると、有利と言って良いと思います。かく言う私が、その後の転職活動含めて、書類選考の通過率が8割。その8割の中で、手書きの履歴書で落ちたことがありません。ということは、手書きの書類選考の勝率は10割。こりゃすごいな(笑)内定率ではなく、あくまでも「書類選考の通過率」です。私も永らく人事・採用の仕事をしているので、思うことはいくつかあります。手書きの履歴書は、目に留まります。「おっ」と思う。他のほとんど大多数の履歴書が、WordやExcelだからです。ちょっとテクニック論ですが、Word/Excelの履歴書は100%「内容」での勝負です。よほど目を引くキャッチフレーズや経歴が無いと、人事の目には留まりません。これが手書きだと「外見30%・内容70%」となり、人事の注意が分散されます。また、自己アピールの「アシスト」を手書きがしてくれることもあります。『私の強みは、コミュニケーション能力です』同じような、「金太郎アメ的な」履歴書を何回見てきたことか。アウト!けど、『コミュニケーションや心の通い合いを重要視しています』と手書きで書いてあると「お!本当にコミュニケーションが得意な人なのかもしれない」と僅かながらですが、人事の期待値が上がるわけです。手書きは、言葉に「説得力」を与えます。いくら気遣いや気配りさをアピールしても、文字が散々ならば、なかなか信用を得るのは難しいかもしれないですね。ただし、就職活動の勝敗を決するのは(もちろんですが)履歴書など書類の「内容」と、面接での立ち振る舞いや受け答えで決せられます。手書き文字は、面接というその次のステージに行けるための「作戦」「戦略」と言ってもよいかもしれません。また、手書きだと、特に履歴書は書くスペースは限られているし、文字の大きさも一定しないので、簡潔な表現でどれだけ手書きでインパクトを残せるか、おのずと考えるようになります。頭の中で内容を整理し、相手の人事が読みやすいよう、文字の大きさと必要な行数を考えながら、間違いの無いようにゆっくりと履歴書を仕上げていく。このプロセスを経験することが、手書き文字を「立体的に」身体に覚えこませるための良い訓練となります。この緊張感が、文字を育ててくれます。そして、昨日のブログの通り、一番大切な「名前」については、他の文字よりもキレイになっていること。何かのマニュアル本ではなく、自分で考えた言葉を、自分で書き上げていく。文字がキレイなら、その内容を見事にアシストしてくれます。言いたいのは、キレイな文字は、自分の背中を要所要所で押してくれるものです。

まずは、名前から。

日常で一番書く文字。それは、名前ではないでしょうか?ビジネスにおいては、何かの申込書や登録用紙がPDFだったりすると名前を手書きで書かなければならなかったり、言付けを付箋に書く際に『○○さんへ』と特定の人の苗字を書いたり。決して自分の名前だけではなく、大きな括りで「名前」を書く機会は他の何よりも圧倒的に多いのではと思います。経験があるのは、経理財務、人事労務、経営事務、社長秘書など事務方の業務は、社長や役員の名前を書く機会がかなり多いですね。契約関連の書類や、サービス申込書、取引先から記入を求められる企業登録の用紙など、自分の名前よりも社長の名前の方がたくさん書いてるかも。『彼氏の名前の100倍、社長の名前を書いてる』と言い出す女子社員もいました(汗)当の社長(=経営者)自身も、自分で自分の名前を書く機会が、ビジネスでは結構あるのではないでしょうか。これまで、社長に近いところで仕事をしてきたので、実感としてあるのです。ビジネスでなくても、例えば小学生、中学生はテストで必ず名前を書きますし(名前書かないと「0点」でしたよね。確か。笑)これも経験があるのですが、幼稚園や保育園、小学校低学年時は、子どもの持ち物全てに親が名前を書きますよね。上履きに名前を書くのは結構難易度高めです。幼稚園や学校の先生、塾の先生もそうですよね。親の立場から見ると、黒板にビシッと「担任の○○です」と書いてあるのを見ると「おっ、この先生は信用できそうだな」と自然に思うものです。世に出ている「美文字練習帳」とか、ユーキャンの通信教育の教材などを見ると「この文字にそれだけの練習時間を割いて良いのかな」と思うことがあります。まずは、名前だけ。一番書く「名前」の文字を磨くだけでも、かなりの価値があります。例えば「佐藤美鈴」さんがいたとします。まずは「佐」「藤」「美」「鈴」の4文字を磨いていく。ひらがなも、もちろん大事です。ただ、文字の練習にも、ビジネスと同じように「優先順位」があるのではないでしょうか。

自己紹介。

それでは、簡単に自己紹介をします。小学1年生から、中学3年生までの9年間、地元の書道教室に通いました。並行して習っていたピアノは挫折。小学時代は野球、中学で入ったバスケ部、どちらもパッとせず。パッとしないどころか、ベンチを温め続ける散々な日々でした。ただ、書道だけは何とか続けることが出来ました。文字の美しさが上達していく過程は本当に楽しく、文字の美しさを褒められた時は子どもながらに本当に嬉しいものでした。「これが自分だ!」と。その他はパッとしなかった自分にとって、文字は「アイデンティティ」でした。今でも忘れない、自分だけの金字塔があります。小学校の「硬筆展※」に6年連続で金賞を取ったことです。※指定の便箋に、指定の文章を手本に倣って書き、文字の美しさを競う大会。本家の「書道展」も6年連続で入賞してますが、銀賞や銅賞もあり、硬筆展ほどのインパクトは残せませんでした。書道を習っていながら、筆字よりも鉛筆やペン字が得意になっていました。こればかりは、どうしてか分かりません。たまたま筆より、鉛筆やペンの方が相性が良かったのだと思います。「習字を9年もやっているのだから、さぞかし厳しい特訓を重ねたのだろう」ともしかしたら思うかもしれません。思い返すと、血の滲むような特訓をした記憶は無く、書道の先生からはひたすら文字を書く時の心構えや礼儀作法、集中法などを教わる日々でした。書くことに集中していない時は、先生にボロクソに直されます。文字ではなく、その「心」「姿勢」に先生は怒っていました。「姿勢」で思い出しましたが会社で私がパソコンを打つ時の姿勢が、やけに良いらしいです。複数の社員に言われたので、本当にそうなのでしょう。当時の書道の先生は「文字を書く姿勢」にも、とてもうるさかった。言わば「人生の基礎」を、文字練習の過程で身につけていきました。四角いマスに囲まれた練習帳に、ひたすら同じ文字を書くような練習がありますが今までほとんどやったことがありません。やったとしても、小学校時代の宿題でイヤイヤ書いていたくらい。気持ち一つで、文字はキレイになります。これから、その「文字上達術」を、毎日余すことなくお伝えしていきます。文字の持つ、素敵な魅力に気づいて欲しいと思います。